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大阪地方裁判所 昭和60年(行ウ)14号 決定

申立人

季太郎

右代理人

丸山哲男

被申立人

大阪入国管理局主任審査官

川上巌

右指定代理人

田中治

外六名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一申立人の申立の趣旨及び申立の理由は、別紙(一)に記載のとおりであり(但し、別紙(一)中「申請」とあるのを「申立」に、「申請人」とあるのを「申立人」に、「被申請人」とあるのを「被申立人」に各改める。)、被申立人の意見は、別紙(二)に記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件記録によると、被申立人が、申立人に対し、昭和六〇年八月二六日付で退去強制令書を発付し(以下、これを「本件令書発付処分」という。)、ついで、申立人が右令書の執行として同月二九日以降大村入国者収容所に収容され、近日中に韓国に強制送還される予定であることが一応認められ、また、申立人が法務大臣及び被申立人を相手方として、当裁判所に対し、法務大臣が昭和六〇年八月二四日付で申立人に対してなした出入国管理及び難民認定法(以下、単に「法」という。)四九条一項に基づく異議申立を理由なしとした裁決(以下、これを「本件裁決」という。)及び本件令書発付処分の各取消の訴を提起(当裁判所昭和六〇年(行ウ)第七四号)し、現在審理中であることは、当裁判所に顕著な事実である。

2  本件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  申立人は、昭和三一年八月一五日韓国済州道○○○郡○○面○○○×二五七番地において、いずれも韓国に本籍を有する父○△△、母○○△の長男として出生した韓国人であり、同地の国民学校、中学校を経て、昭和五〇年頃S農業高校を修了後、S市の警察保安隊員となつたが、先に本邦に不法入国していた父○△△を頼り、同年一〇月末頃出稼ぎの目的をもつて本邦に不法入国し、大阪府八尾市内でプラスチック工や大阪市内でヘップ工等をして稼働していたが、昭和五三年頃、在日韓国人×××(昭和二九年一一月九日生)と知り合い、間もなく同女と大阪市東住吉区内で同棲し(婚姻届出は、昭和五五年八月一五日、大阪市生野区長に提出)、同女との間に昭和五四年四月一〇日長女E、昭和五五年四月二〇日長男Yをもうけた。

その後、申立人は、当時の大阪入国管理事務所(現大阪入国管理局、以下「入国管理局」という。)に不法入国していたのを摘発され、退去強制手続を受け、昭和五五年一一月二〇日、韓国へ送還された。

(二)  しかるに、申立人は、右送還後半月もたたない昭和五五年一二月二日頃、再び正規の手続をせずに本邦へ不法入国し、大阪市生野区に居住する妻×××とわずか数日間同居した後は、不法入国の摘発を恐れ、一年数か月間単身で東京都立川市において、レザー縫製工として稼働した。その後、再び大阪市内で約一か月間妻子と同居したが、その頃、入国管理局の調査等がなされたことから、再び単身住み込みで、レザー縫製業、溶接工、配線工事等をして稼働していたところ、昭和五七年四月一九日、一般人からの通報により、入国管理局に不法入国の事実を探知され、昭和六〇年五月一四日、大阪府警生野警察署員に逮捕されるまで、ひそかに本邦に居住していた。

なお、申立人の妻×××は、父×△△、母××△の五女として大阪市生野区で出生して生育し、昭和五七年一月一六日本邦に永住の許可を得ており、同女の両親や兄弟も本邦に居住している。申立人の長女E(六才)、長男Y(五才)は、いずれも同区内の保育園に通園している。

(三)  入国管理局警備官は、申立人について法二四条一号に該当する疑いがあるとして、違反調査に着手し、調査の結果、昭和六〇年七月四日、当該法条該当容疑者として、入国管理局審査官に引き渡した。

入国管理局審査官は、申立人に対する右容疑事実について、審査を行い、昭和六〇年七月一六日、法二四条一号に該当する旨の認定をし、申立人に対しその旨の通知をした。これに対し、申立人は、口頭審理を請求したので、入国管理局特別審理官は、同年七月二三日、申立人の口頭審理を行い、申立人についての入国審査官の右認定には、誤りがない旨判定し、同日申立人に対し、その旨の通知をした。

(四)  申立人は、右判定に対し、法務大臣に異議の申出をしたが、法務大臣は、昭和六〇年八月二四日、申立人の右異議の申出は理由がない旨裁決し、その旨入国管理局主任審査官に通知し、同主任審査官は、同月二六日、申立人に対し、法務大臣の右裁決結果を告知するとともに、同日本件退去強制令書を発付した。

以上の事実が一応認められる。

3  右認定の事実によれば、申立人は、法二四条一号に該当することは明らかであるというべきところ、申立人は、前記本案訴訟において、本件各処分は、裁量権を著しく濫用しまたはこれを逸脱した違法があるから取消されるべきである旨主張し、更に、申立人に対して法五〇条所定の在留特別許可を与えなかつた本件裁決は、裁量権を著しく濫用しまたはこれを逸脱した違法があるから取消されるべきである旨主張する。

しかしながら、前記認定の事実によれば、申立人は、韓国で出生して成育し、教育も韓国で受け、その後も引き続き韓国内で生活を営んできたものであるが、出稼ぎ目的で、昭和五〇年一〇月末頃、本邦に不法入国をし、昭和五五年一一月二〇日には、いつたん韓国に強制送還されたにもかかわらず、半月もたたない同年一二月二日頃、再び本邦に不法入国したものであつて、その事実が発覚すれば、本邦から強制送還されるものであることを十分知悉していながら本邦において、おおむね単身で入国管理局の摘発を逃れてひそかに居住していたものであり、申立人が、本邦に永住許可を得た在日韓国人と正式に結婚し、長女、長男をもうけ、申立人及びその妻子が申立人の在日を強く希望している等の事情があるとはいつても、かかる生活状況はもともと申立人が前回不法入国して後本邦に在留を継続するという違法状態の下に築かれたものであるから、かかる不法入国後の生活状況等の事情を理由として本件各処分が裁量権を濫用しまたはその範囲を逸脱したものとすることはできない。また、特別在留許可を与えるか否かの判断は、法務大臣の自由裁量に属するもので、その判断は、国際情勢、外交政策等を考慮のうえ、行政権の責任において決定されるべき恩恵的措置であつて、その裁量の範囲は極めて広いものであるから、申立人の不法入国が強制送還後間のない再度の行為であることをも考慮すると、前記認定の申立人に関する事情をしんしやくしても、法務大臣が、申立人に特別在留許可を与えなかつたことについて、法の枠を逸脱し、恣意的に著しく不公正な取扱いをしたということはできず、その裁量権を濫用しまたはその範囲を逸脱したものということはできない。

したがつて、本件各処分に申立人主張の前記取消事由が存在するものとは認め難いから、申立人の右主張は理由がなく、本件執行停止の申立は、その本案について理由がないとみえるものといわなければならない。

三よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件執行停止の申立は、理由がないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官喜如嘉 貢 裁判官高橋 正)

別紙(一)申請の趣旨

一、被申請人が申請人に対して、昭和六〇年八月二六日付で発付した退去強制令書にもとづく執行のうち、送還の執行については本案判決が確定するまでこれを停止する。

二、申請費用は被申請人の負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由

第一、申請人の経歴等

一、申請人は一九五六年(昭和三一年)八月一五日、本籍地において父○△△、母○○△の長男として生まれた。その後申請人は昭和四九年三月S農業高等学校を卒業し、以後S市の警察保安隊員となつたが、申請人には両親と祖母のほか四人の兄弟がある反面、両親は細々と農業を営んでいたため、生活は極めて苦しく、一家は文字通りその日暮らしの状態であつた。

このため申請人は昭和五一年一〇月初旬頃、大阪に居住する叔母を頼つて日本に密入国してきたものである。

二、日本に入国後、申請人は大阪市鶴橋に居住していた叔母の×○×を頼つて行き、その後市内の町工場でプラスチック成型工として働くようになつた。

昭和五三年七月頃、申請人が西原某経営の会社に勤務していた頃、知人の紹介で妻の×××(一九五四年一一月九日生)と知り合い、その後まもなく同女と同棲(内縁関係)するようになつた。

そして、申請人と同女との間に昭和五四年四月一〇日長女Eが生まれたので、これを機に申請人は同年一〇月二〇日×××との結婚式を挙げ、以後同女と長女の三人で暮らすようになつた。

次いで翌五五年四月二〇日には長男Yが生まれ一家は四人暮らしとなつた。

この間申請人は幼い子供とこれをかかえた妻のために、夜勤はおろか休日まで必死に働きつづけ、何とか家族の生活を支えてきた。

ところが昭和五五年八月四日、申請人は密入国を理由に逮捕されるに至つた。このため申請人は妻と幼い二人の子供があり、その生活を支える必要があること、同年八月一五日には大阪市生野区長に対し妻との婚姻届出を行なつたこと等を訴え、特別在留許可を嘆願するなどしたが、希望は容れられず、同年一一月二〇日に韓国へ送還されるに至つた。

他方、妻の×××はもともと大阪で生まれ、且つ育ち、日本に永住の許可を得ており、同女の親、兄弟らも日本にいる。そのため同女と二人の子供も日本語しか話せず、日本の生活様式で暮らしている、ところ、申請人について韓国へ行つても幼い二人の子供をかかえて生活の目途も立たないことから、申請人と行動を共にするわけにはいかなかつた。

三、韓国に送還された後、申請人は日本に妻と二人の幼い子供を残したままであることから、妻子の生活に対する心配は勿論、妻子への想いを断ちがたく、約一週間後の昭和五五年一一月末頃、韓国を密出国し、同年一二月二日頃日本に再び密入国するに至つた。

日本で妻子と再会後、申請人は再度の密入国であることから逮捕されるのをおそれ、約一年間東京で皮革縫製工などをして働いていた。

しかし、申請人は妻子と別々の生活にいつまでも耐えられず、その後大阪へ帰つて妻子と共に生活するようになつたが、昭和五七年三月ごろ捜査があつたため、申請人は再び家を出、以後高槻市で熔接工として住み込みで働くようになつた。

そして、申請人は再入国後妻子と別々の生活をしている間も毎月五萬円づつを子供の養育費として妻に送金すると共に子供の衣服を購入してやるなどして家族の生活を支え続けた。

四、然るところ、昭和六〇年五月一四日申請人がたまたま妻子の元に帰つていたところ、自転車で外出した際逮捕されるに至り、同年七月二日不法入国を理由に大阪入国管理局に収容されるに至つたものである。

第二、申請人に対する行政処分

一、大阪入国管理局入国審査官は、昭和六〇年七月一六日申請人に対し、出入国管理及び難民認定法(以下単に法と略す)第二四条一号に該当する旨の認定を行なつた。

申請人は右認定に対し口頭審理を請求したが、同年七月二三日、同入国管理局特別審理官は申請人に対する右認定は誤りがない旨判定した。

二、そこで申請人は、右判定に対し異議を申立てたところ、法務大臣は昭和六〇年八月一一日異議の申立は理由がないとの裁決を行なつた。

三、被申請人入国管理局主任審査官は、右裁決にもとづき、申請人に対し昭和六〇年八月二六日付で退去強制令書を発付した。

第三、裁量権の濫用ないし逸脱による違法

一、被申請人入国管理局主任審査官のなした右退去強制令書発付処分及びその先決行為として法務大臣のなした裁決処分は、以下に述べるところに照らし、いずれも人道に反し、かつ申請人の人権をじゆうりんするものであつて、著しい裁量権の濫用ないし逸脱であつて違法なものであるから取消されるべきである。

二、申請人が日本に密入国するに至つた事情は先に述べたとおりであり、これ自体法を犯すものとはいえ同情の余地は大きいものである。

そして、申請人は昭和五一年一〇月頃以来、通算して満九年間日本に滞在してきた。しかも、この期間は申請人が成人してからの九年間であり、申請人の人生に占める位置は極めて大きく、この間一旦韓国に送還されたとはいえ、韓国で生活した期間はわずか一週間ぐらいである。

勿論、申請人は日本に入国以来、あちこちで勤務してきたが、いずれにおいても非常に仕事熱心で、いやな仕事も嫌わず、社会生活も極めて真面目であつた。

申請人は日本に入国後妻×××と知りあい、内縁関係に入つたが、その間に二人の子供を設け、円満な家庭を築いている。

そして、申請人は妻×××と事実上内縁関係にあるというのみでなく、既述のとおり昭和五五年八月一五日には大阪市生野区長に婚姻届出を行なつているほか、昭和六〇年九月一八日には正式に韓国でも婚姻届出を行なつているものである。

かくして、申請人一家は、妻の親戚をはじめ、原告の勤務先や近隣の人々、子供の通園先等々多くの人々との間に親密な人間関係を形成し、地域社会にも深くとけこむに至つている。

他方、申請人の妻×××は父×△△、母××△の五女として大阪市生野区で生まれ、かつ育つたもので、両親及び七人兄弟ともすべて日本に居住しているものである。

そして、申請人は先に述べた通り昭和五三年七月頃妻と知り合い、以後生活を共にするようになつた上、その間に二人の子供を設けるに至つたことから、申請人は妻子と共に日本に骨を埋める決意のもとに必死に働らき、その生活を支えてきたものである。

また申請人の長女Eは現在六才であり、長男Yは五才であつて、いずれも○○○保育園に通園しているが、このような子供の幼時期における父親の存在は人格形成上極めて重要である。また二人の子供は来年四月及び再来年四月に相次いで小学校一年に入学するが、これまた父親の存否は多感な子供達の心に大きな影響を与える。

事実、子供達は現在でも申請人の話が出るや、申請人を慕い、申請人と会いたいとの心情を幼心にも必死に訴えている。

而して、このような重大な時期に、万一申請人が韓国に送還されるとすれば、申請人一家は親子及び夫婦が引き裂かれてしまい、その子供らに与える影響は測り知れない。

しかも、申請人の妻は幼ない二人の子供を抱えたうえ、申請人と離別すれば、以後子供達の学業はおろか、たちどころに生活そのものに窮するのは目に見えている。

ちなみに、現在でさえ申請人の妻は子供達の世話と家事のほか、生活を維持するための仕事に追われ、併せて申請人の問題のため心身共に疲れ果てており、いつ過労と心労のため倒れるかわからない状態である。

さらに、申請人の妻及び申請人は正式の婚姻届出を行なつているにも拘わらず別れ別れになつてしまえば、互いに今後一生涯を単身で過さざるを得ず、その悲惨、孤独さは筆舌に尽し難いものがある。

ここに、申請人に対する本件退去強制が著しく人道に反し、かつ人権をじゆうりんするものであること疑う余地がない。

三、特別在留許可の基準・運用について次の点が重視されなければならない。

法第二四条は「次の各号の一に該当する外国人については、第五章に規定する手続きにより本邦から退去を強制することができる」と定めているが、その法意は、出入国の問題は、国際政治的、民族的、歴史的な諸事情のからみあつた渉外問題であり、かつ人道上の問題にも深いつながりをもつので、形式的に退去強制事由を定め、形式的にこれを執行することには種々の不合理が生ずることから、退去強制をするかしないかについて裁量の余地を設けたものである。

法五〇条第一項三号もこれを受けて、かりに不法入国その他法二四条各号に該当する事情が明らかな場合でも「法務大臣が特別に在留を許可すべき事情であると認めるとき」は、その者の在留を特別に許可することができると定め、法五〇条三項でその時は異議の申出が理由がある旨の裁決とみなしている。

そして、右裁量にあたつては、法二四条第四号ヨが「法務大臣が日本国の利益又は公安を害する行為を行つたと認定する者」と定めていることから推認出来るごとく日本国の利益を真に損つたかということが一つの基準として考慮されなければならない。

実際にも、この特別在留許可制度は柔軟に運用され、日本への定着性等を考慮して多くの人々がこの制度の適用を受けている。この運用の中から自らその基準が形成されている。

特別在留許可の運用は、決して恣意的なものであつてはならず、人道に反し人権を蹂りんする処置あるいは従前の運用基準に反する場合には在留権を侵害しその濫用となり違法と評価されるのである。

四、以上に照らし、申請人に対する本件処分は、裁量権を著しく濫用しまたこれを逸脱した違法なものであるから取消されるべきである。

第四、執行停止の必要性

(一) 申請人に対し、本件退去強制処分が執行され、送還されるならば、申請人が回復困難な損害を受けることは明白である。

行政事件訴訟法二五条二項の執行停止は行政処分に自力執行力が与えられていることに鑑み、抗告訴訟によつて違法な行政処分が取消されるまでの間に、行政処分の執行によつて国民に回復困難な損害を防止するために設けられた制度である。

右制度の趣旨によれば、それによつて予防されるべき損害は、むしろ当該処分の執行によつて通常生ずべき損害であるはずであり、少くとも右損害をこれ以外の特別な損害のみに限定する理由はないし、右法条もそのような限定をしていない。

また、正規の在留資格によらない在留によつて築きあげられた生活上の利益であつても、行政事件訴訟法二五条二項によつて保障されるべき利益というべきである。密入国によつて形成された生活関係であつても回復困難な損害が生ずる以上、送還が停止されるべきである(東京高裁昭和五〇年九月一七日決定、同高裁昭和四七年四月一九日決定、広島高裁昭和四六年一二月九日決定)。

而して、申請人は不法入国とはいえ、妻とは正式に婚姻し、その間に二人の子供を設け、平和な家庭を築くなどして満九年間にわたる在日生活を送つてきている。申請人の妻子は勿論、妻の親戚も申請人の在日を強く希望している。

かくして、申請人は日本の社会に深く定着するに至つている。

申請人が強制送還されるとすれば、すでにみた如く申請人はじめ関係者らが重大かつ取り返しのつかない影響を蒙ること明らかである。

これらが通常生ずべき損害以上のものであることは多言を要しないであろう。

さらに、申請人に対して本件退去強制令書発付処分が執行されれば、本件処分の取消しを求める裁判を受けること自体が困難となることは必定であり、これまた回復困難な損害に該当する(大阪地裁昭和四九年五月二八日決定)。

(二) 本申請は「本案に理由がないとみえるとき」とはいえない。法務大臣の特別在留不許可処分が、その裁量の範囲を逸脱ないし濫用した違法なものであることはすでに述べたとおりである。そして仮りに百歩譲つても、少くとも本申請は本案に理由がないとみえるときには当らない。

このことは東京地裁昭和五〇年四月二六日決定、同高裁昭和五〇年九月一七日決定、同高裁民事一部昭和五一年二月二〇日決定、同民事二部昭和四三年一〇月一八日決定、同民事一二部昭和四四年一二月一日決定、広島地裁昭和四六年一一月八日決定、同高裁民事二部昭和四六年一二月九日決定、名古屋高裁民事一部昭和四九年一二月一九日決定等々の各決定に照らしても明らかである。

(三) 本件執行停止は「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」があるとはいえない。

行政事件訴訟法二五条三項にいう本要件は、乱訴の提起により徒らに行政活動が麻痺するのを防止しようとの趣旨によるものであり、そのために事後的に救済が可能なものについては行政側に先行的執行を認めておこうとの政策的配慮によるものと解される(雄川「行政争訟法」一九八頁)。従つて、執行停止の許否を決定するに当つては、執行を必要とする公共性の要請とそれにより申請人が蒙る被害の大きさ、事後救済の可能性などを比較衡量し、むしろ人権の擁護に遺憾のないように運用をはかるべきである。

本件申請人については、とくに送還を急ぐべき公共の必要性はなく、送還を違法とする事由で述べた諸事情からすれば、かえつて日本における生活を確保することこそ人道にも沿い、公共の福祉の要請に合致するといえるものである(この点についても前掲各決定の趣旨を引用する)。

五、以上のとおりであるので、本件退去強制令書の執行のうち、送還についての執行停止を求めて本申請に及んだ次第である。

別紙(二)意 見 書

意見の趣旨

本件執行停止の申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。との決定を求める。

意見の理由

本件執行停止の申立ては、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)二五条二項及び三項の要件を欠き失当であるから却下されるべきである。

以下、この点につき、被申立人の意見を詳述する。

第一 申立人の経歴について

一 申立人は、昭和三一年八月一五日、韓国済州道○○○郡○○面○○○×二五七番地において、いずれも韓国に本籍を有する父○△△、母○○△の長男として出生した韓国人である。

二 申立人は、本籍地で出生後、同地の国民学校、中学校を経て、昭和五〇年九月、S農業高校を修了後、先に本邦に不法入国していた父○△△を頼り、同年一〇月末、出稼ぎの目的をもつて本邦に不法入国し、大阪府八尾市内のプラスチック工場でプラスチック工や大阪市内のヘップ工場でヘップ工等して稼働した。

申立人は、昭和五二年初めころ、韓国人×××と知り合い、昭和五三年一二月末ころから大阪市東住吉区内で同女と同棲し(婚姻届出は、昭和五五年八月一五日生野区長に提出)、同女との間に昭和五四年四月一〇日長女E、同五五年四月二〇日長男Yをもうけた。

その後、申立人は、大阪入国管理事務所(昭和五六年四月一日から行政組織の改編に伴い大阪入国管理局と改められた。以下、「当局」という。)に不法入国していたのを摘発され、退去強制手続を受け、昭和五五年一一月二〇日、本国へ送還された(疎乙第一一号証)。

三 申立人は、前記送還後一月もたたない昭和五五年一二月二日ころ、再び有効な旅券、又は乗員手帳を所持することなく本邦山口県柳井市付近の海岸に不法入国した。申立人は、不法入国後、大阪市生野区に居住する妻×××とわずか数日間同居した後は不法入国の摘発を恐れ、一年数か月単身で東京都立川市においてレザー縫製工として働き、その後再び大阪市内で一か月ほど妻子と同居したが、そのころ当局の調査等がなされたことから再び単身住み込みでレザー縫製業、溶接工、配線工等をしていた。

四 申立人は、一般人からの通報により昭和五七年四月一九日、不法入国の事実を当局に探知されていたのであるが、昭和六〇年五月一四日、大阪府警生野警察署員に逮捕されるまではひそかに本邦に居住していたものである(疎乙第一ないし第二及び第一二ないし第一四号証)。

第二 本件退令発付の経緯について

一 当局入国警備官は、申立人について出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)二四条一号に該当する疑いがあるとして違反調査に着手し、調査の結果、昭和六〇年七月四日、当該法条該当容疑者として当局入国審査官に引き渡した(疎乙第三号証)。

二 当局入国審査官は、申立人に関する右容疑事実について審査を行い、昭和六〇年七月一六日、法二四条一号に該当する旨の認定をし、申立人に対しその旨を通知した(疎乙第四ないし第五号証)。

三 申立人は右認定に対し、口頭審理を請求したので、当局特別審理官は、同月二三日、申立人の口頭審理を行い、申立人についての入国審査官の右認定には、あやまりがない旨判定し、同日、申立人にその旨を通知した(疎乙第六ないし第七号証)。

四 申立人は、右判定に対し法務大臣に異議の申出をなしたが、法務大臣は、昭和六〇年八月二四日、申立人の右異議の申出は理由がない旨裁決し、その旨当局主任審査官に通知し、同主任審査官は、同月二六日、申立人に法務大臣の右裁決結果を告知するとともに、同日、退令を発付した(以下「本件発付処分」という。)(疎乙第八ないし第一〇号証)。

第三 本件申立ては本案について理由がないことが明らかであることについて

一 申立人は、「主任審査官のなした退去強制令書発付処分は主任審査官の著しい裁量権の濫用ないし逸脱である。」旨主張し、あたかも主任審査官に退令発付処分をなすについて裁量権があるかのような主張をしている。

しかしながら、退去強制の手続を定めた法第五章によれば主任審査官による退令発付処分は、容疑者が法二四条各号の一に該当するとの入国審査官による認定が確定した場合、すなわち、容疑者が認定に服し、口頭審理の請求をしなかつた場合(法四七条四項)、特別審理官が認定に誤りがない旨判定し、容疑者が当該判定に服し、異議の申出をしなかつた場合(法四八条八項)、あるいは法務大臣が異議の申立ては理由がないと裁決しその旨を容疑者に告知した場合(法四九条五項)には、いずれも「退去強制令書を発付しなければならない。」と規定され、退令発付処分が必ずなされるべく手続上義務付けられている。したがつて、主任審査官には退令を発付するか否かについての裁量権は全く与えられていないのであり、退令発付の処分の性質は裁量の余地のない覇束行為であることは法文上明らかである。

これを本件についてみると、入国審査官が、申立人は法二四条一号に該当すると認定し、特別審理官においても法二四条一号の認定に誤りがない旨判定されたのち、申立人の法務大臣に対する異議の申出に対し同大臣が理由がない旨の裁決をなし、同裁決に基づいて主任審査官は本件発付処分をなしたにすぎないものである。

以上のとおり、主任審査官の行う退令発付処分は覇束行為であるから、同処分が裁量行為であることを前提とする申立人の主張はその前提において誤つており失当といわなければならない。

二 また、申立人は、法務大臣において本件につき、法五〇条一項三号の特別在留許可(以下「特在許可」という。)をなすべき事情があつたにもかかわらずこれを看過してなさなかつた本件裁決は、裁量権を著しく濫用ないし逸脱したもので違法である旨主張する。

しかし、申立人の主張は、以下に述べるとおり失当である。

1 特在許可を与えるか否かの判断は、法務大臣の自由裁量に属するものであり(最高裁昭和三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三ページ、東京高裁昭和三二年一〇月三一日判決・行裁例集八巻一〇号一九三〇ページ、最高裁昭和三四年一一月一〇日判決・民集一三巻一二号一四九三ページ)、しかも、特在許可は、法務大臣が当該外国人の個人的事情のみならず、国際情勢、外交政策等の客観的事情を総合的に考慮したうえその責任において決定されるべき恩恵的措置であつて、その裁量の範囲は極めて広いものであり(前記東京高裁判決参照)、それゆえ法務大臣の右判断は十分尊重されてしかるべきものである。

このように法務大臣による特在許可の許否の裁量は、広範な自由裁量に属するものであるから、当該裁量が違法とされるのは、裁量権の濫用又はその範囲の逸脱がある場合に限られるものである。しかして、右のような特在許可の法的性質を考慮すると、右裁量権の濫用又はその範囲の逸脱があるとされる場合とは、特在許可を与えないとした判断が、事実の基礎を欠くか、又は右判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白である場合というべきである(最高裁昭和五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二二ページ・マクリーン最高裁判決参照)。

2 本件においてこれをみるに、申立人に関する次のような事情からすれば、右の場合に当たるとは、到底認められるものではない。すなわち、

(一) 申立人は、本国で出生し、成育し、教育も本国で受け、その後も引き続き本国内で生活を営んできたものであつて、出稼ぎ目的で不法入国するまで本邦とは何らかかわりのなかつたものである。

(二) 申立人は、昭和五〇年一〇月末、本邦に不法入国をし、同五五年一一月にはいつたん本国に強制送還され、今回の不法入国が二回目の不法入国であることからして、その事実が発覚すれば本邦から強制送還されるものであることを十分知悉していながら本邦において、おおむね単身で当局の摘発を逃れてひそかに居住していたものである。ちなみに、申立人が結婚し、長女、長男をもうけたのは、第一回目の不法入国時においてであり、今回の不法入国に際しては、申立人が本邦において妻子との平穏な生活関係を築いていたなどとは到底いい得るものではなく、仮にそのような状況にあつたとしても、それらは不法入国という違法状態の下でなされたものであり、特段考慮すべき事情とは到底いえないものである(最高裁昭和五四年一〇月二三日判決、疎乙第一八号証)。

(三) 申立人は、前記のとおり二回目の不法入国をしたものであり、しかも申立人の親族も過去に不法入国が発覚し法二四条一号(不法入国)に該当したことにより退令が発付され、既に韓国へ送還されている。

すなわち、申立人の父○△△は、昭和三九年三月ころ出稼ぎ目的で本邦に不法入国し、昭和四九年九月二七日大村入国者収容所から韓国に送還されたが、送還後三か月もたたない同年一二月一五日ころ再び稼働目的で不法入国し、当局で退去強制手続を受けた結果、昭和五三年三月八日、韓国へ送還されている(疎乙第一五ないし一六号証)。

右のような事実は出入国管理上決して軽視することができないものである。

(四) 申立人は、本邦不法入国以前においては、本国で居住生活していたものであり、申立人の年齢や韓国、本邦での生活実績に照らせば申立人は本国においてその生活を維持することに、さしたる困難は予想されない。

(五) 申立人は、申立人の送還は互いに今後一生涯を単身で過ごさざるを得ず、その悲惨、孤独さは筆舌に尽くし難いものがある。また、その子供らに与える影響は測り知れないと主張しているが、このようなことは不法入国者である申立人及び申立人が不法入国者であることを知りつつ内縁関係に入り、更に前回当局に摘発後婚姻の届出をするに至つた申立人の妻において十分に予見し(疎乙第一四号証)、あるいは予見し得たことであるから、申立人らとしては前記困難を甘受せざるを得ないものである。

付言すれば、申立人を送還することがその妻子との永久の離別をもたらすものではなく、妻及び子供らが韓国籍を有するものであることから、妻らにおいて渡韓したうえ申立人の郷里において合法的に同居することができるし、また、申立人が、本邦において妻子らと同居を望むのであれば送還後一年間は本邦に入国することはできないものの(法五条一項九号)、その後は正式な査証を取得して入国するのに何ら法的障害はないのである。

現に、申立人の妹○△×は、正式の入国手続により本邦に入国し、日本人夫と婚姻生活を送つている(疎甲第一号証、疎乙第一七号証)。

申立人は、密入国の動機について、「旅券で来日することも考えたのですが、人から発給までにかなり日数がかかると聞いており、妻子のことが気掛りでたまらなかつたので密航を選んだのです。」(疎乙第一二号証)と述べているが、このような安易な考え方は他の外国人が当然経なければならない入国手続を無視し申立人のみが特別扱いされるべきであるとの法無視の主張であり到底許されるべきことではない。

以上の事情を考慮すれば、申立人に対し特在許可を与えないとした法務大臣の判断には判断の前提となつた事実関係にも明白な誤りはなく、かつ、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白であるとも到底いえないのであるから、何ら裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したものといえず適法処分であることは明白である。

三 以上の次第で、本件申立ては行訴法二五条三項後段所定の「本案について理由がないとみえるとき」に該当することが明らかであるから不適法として却下されるべきである。

第四 回復困難な損害を避けるための緊急の必要性は存しないことについて

一 申立人が送還されたとしても回復困難な損害は生じない。

申立人は、御庁に本件申立書に記載した本案訴訟を提起しているものであるが、同訴訟には訴訟代理人が選任されているのであるから、申立人が本国に送還されたとしても本案訴訟を維持することは可能であり、また、送還に伴い連絡上若干の困難さを生じることも考えられるとしても、これとても本邦と韓国との交通、通信の便もよいことからすれば、申立人が退去した場合にも本訴遂行に実際上の支障はない。

右にかかわらず、本案訴訟係属を理由に、退令に基づく執行のうち、送還部分の停止が認められるならば、結果的に本案訴訟の提起自体に執行停止の効力を認めたのと同様となり、訴えの提起によつては処分の執行は停止されないことを定めた行訴法二五条一項の趣旨に反するというべきである(なお最高裁昭和五二年三月一〇日決定判例時報八五二号五三ページ参照)。

二 申立人には執行停止によつて保全されるべき利益が存しない。

不法入国者は、本邦に在留すること自体が違法であるから、その在留自体については、元来、法律上保護されるべき利益を全く享有しえないものである(法三条、二四条一号、七〇条一号、疎乙第一八号証)。すなわち、送還により、仮にその生活基盤を失つたとしても、単に適法な状態が回復されたに止まり行政処分の執行により失うべき利益は存しない。

また、仮に申立人に何らかの事実上の損害が生じるとしても、それが退令に基づく送還に通常随伴して発生する範囲内のものである限り、その損害は法の予見認容するところであり、受忍限度内のものとして行訴法二五条二項にいう「回復困難な損害」には当たらないというべきである。

三 申立人は、強制送還されれば重大かつ取り返しのつかない影響を被ると主張するが、右主張は具体性を欠き本件発付処分の執行により回復困難な損害が生ずることについて疎明責任を負う申立人において、この点の疎明がなされたものということはできないばかりか、その点はさておくとしても、申立人において真に妻子を扶養する意思があるならば、本国に帰国した後も送金等の手段により扶養することは可能でありまた、本邦での同居を望むならば、帰国後一年過ぎれば正式な入国手続によりその実現を図ることについては何らの法的障害はないのであるから回復困難な損害を被ることはあり得ないのである。

第五 退令の執行を停止することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることについて

退令に基づく送還につき、執行停止は安易になされるべきではない。

けだし、退去強制の実施については、その時期、方法等につき高度な政治的判断、応変の措置等が必要不可欠とされるところ、退令発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、併せて退令の執行停止を申し立てた場合、本案の提起、係属を理由として安易に退令に基づく執行停止が認められるとすれば、本案訴訟係属中長期間にわたり退去強制を不可能とするに至り、このことは右のごとき退去強制制度の本質に反するものと言わざるを得ない。

特に申立人については、単に退令が発付されたという段階ではなく、現在、大村入国者収容所に収容中であつて、その送還のための交渉が既に相手国である韓国政府との間で着手され、具体的な送還の日程も決定されているのである。このような段階に至つて、当該送還を中止せざるを得ないこととなれば、我が国政府は、韓国政府とのこれまでの外交交渉の成果を反古にせざるを得ず、我が国の国際的信用が大きく損われるのみならず、韓国政府がこれを契機に今後不法入国者等被送還者の受け入れに消極的になることも十分に予想されるのであり、このような事態に至つては、送還事務に多大な支障を及ぼすことは明らかであり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

さらに付言するに、申立人の本案訴訟は目前の送還を回避することを唯一の目的として提訴されたものであるところ、仮に本案訴訟の提起、係属等を理由に申立人の送還を安易に長期にわたつて停止することになれば、これまで、現実に韓国から本邦への不法入国者が跡を絶たず、多数の不法入国者が現在本邦に潜在しており、社会問題化されている今日において、韓国からの不法入国をいよいよ助長することになりかねないのである。

第六 以上のとおり、申立人の本件申立ては、いずれも執行停止の各要件を欠くものであるから、貴裁判所におかれては、速やかに本件申立てを却下されるよう意見を申し述べる次第である。

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